皆さん超ご無沙汰です、店主はクソ暑い夏以来10月の終わりも近い今日迄、夕刻の西の空に輝く彗星の尾を双眼鏡片手に眺めた時以外はずっとお店で仕事してましたが、結局ここには顔出せませんでした、ごめんなさい。
ところで今月初めに出た音元出版analog vol.85 秋号はお目通しいただけましたか?
ここ最近私も毎号当誌の頁をお邪魔してるもんですから、もう皆さんも飽きてしまったかもしれませんが、冬号にも再び執筆の依頼頂戴しましたので、もしよかったら読んで下さいまし…
さて、そんなこんなで元々当店のある神奈川県の商圏から大きく踏み越えた日本各地からの作業依頼を頂戴するでんき堂ですが、雑誌などの露出も増えるとその頻度もどうしても増し、またその要求される技量も高くなると言う物です。普段からアナログカートリッジの取り付け等は思うほど簡単な物では無いので、難しそうに感じた時、或いは繊細な作業に自信が無い向きは遠慮なく専門店、専門家への依頼を推奨している訳ですが、そんな私でも改めて自分の知識と技量を確認し直し一旦予習してから作業に臨む様な依頼を頂戴しました。
写真はバリレラと称す、敬愛の情を持って一部のマニアに語られる1950~60年代の米国のビンテージカートリッジです。それまでの時代を担ったSP盤と登場間もないLP盤が市場に混在した過渡期を象徴する構造を有した、ターン機構搭載の両頭針ですね。今回はこの様な機構を有した針を3種5個も持ち込まれ、シェルに据えて聴けるようにして欲しいと言う御依頼です。
これらはお客様が何年もかけてオークションなり専門店なりで集められたコレクションだそうで、オークションはともあれそのバリレラを扱うくらいのオーディオ専門店は付けてくれないんすかね?と問う私への返答で耳にした店名を伺い『まぁそうなりますね』と納得しそれ以上余計な詮索はせずに作業開始です。
と、他所の店を揶揄したところで正直私自身、オーディオ歴が40年近くあった所でこのカートリッジの現役の時代なぞ私の歳と経験では当然知り得ません。自らがオーディオを所有して働いたお金で手にする音楽ソフトは、既にCDが大勢を占めるのが当然の時代でした。故に、存在こそ知ってはいても普段触る機会が少ない古(いにしえ)の製品にはちゃんと情報を集めて対象相手を知る所から始めます。
で、知識を蓄え手順も脳内で構築してから下作業を始めるのですが、いきなりドリルでシェルに孔を開けると言うパワープレイな画像で驚く方もおりましょう。今回預かったバリレラがカートリッジとして聴く行為自体は、決して一般カートリッジと比してもそう難しくないのに、そこに至る迄の組み上げが難しくなかなか簡単に手が出せない所以たる部分です。即ち先に述べた回転機構が通常のシェルへの通常の取り付けを不可能としているのですね。
針先位置の関係と螺子位置も勘案しての孔開けですので、無闇な場所には開けられません。また、アルミ等の一定の厚みを有した金属素材にドリルを回せば熱も出るし削り屑も出るし、切削面のバリ取りもしなければカートリッジ装着面の平滑も出せません。まぁ工作に長けているか好きで、更に適切な道具も揃っていなければ、ただ闇雲にネット上に数多転がっている『バリレラマジ最高~』程度の言説に載せられて気軽に手を出すべきカートリッジで無い事は感じて頂けますかね。
因みに今回は4回孔開け作業をしました。あれ、五個預かったんじゃないの?とここを良く読んで下さってる方には後ほど続きが御座います。
お次はリード線作製です。市販品でいいじゃんと思う向きもあるでしょうし私もその方が手っ取り早いのですが、このカートリッジはモノラルです。更に真正モノラル構造なのでそもそものカートリッジリードピンが二本しか出ていません。近代のオーディオ装置自体はステレオ構成ですから、リード線をY字型に作りステレオ構成のシェル側には4極で挿し込む訳です、DENONのDL-102がその形でお馴染みですね。尚、Y字型のリード線は一部製品として選択叶いますが、バリレラは基本的に半田装着仕様ですので、リード線は市販品のピン径の大小関係なく挿せません、よって適切な物を作成し当てがいます。
MIL規格線でY字型に組んだのちバリレラへ半田を施した姿
でんき堂では普段から米国MIL規格線から取り出した線材でステレオ用モノラル用問わずにリード線を作成していますので、こういった特異接続時にも比較的対応は柔軟かと思います。未経験の方がリード線をいきなり作るのはちょっと難しいかな…
尚、口幅ったい事を言わせて貰えるなら、このMIL規格線使用のリード線、納品後の評判は皆様かなりいいですよ、仕様に応じて7,500円から11,000円程度の範囲で作成致しますので気になる方は是非一声下さいね、尚この価格はカートリッジ/シェルへの基本取り付け工賃を含んでおります。
この背面に飛び出す突起がシェルに孔を開ける理由です。プッシュ及び回転機構を備え、先端にノブが付き押し出し180度捻る事でLP/SPの針先変更がカートリッジ交換もせずアームに据えたまま楽しめる優れた機能です。LP側が針先が0.7乃至1mil、SPが3milだったかな、因みにこの場合のmilは先程の軍用規格を表すMILでは無く、1/1000インチを表す単位です。だからえっと0.7milとは0.7×25.4÷1000≒0.018㎜かな、間違ってたら恥ずかしいからこの辺で止めときますが…
閑話休題、複数預かったバリレラですが、どれも60年以上70年も前のお品です。長い時を経て人手を渡り擦り倒された結果、出鱈目に組まれたり歪んでたりしている物もありました、幸い今回預かったものは私の技量内で直せる範囲でしたのでバラシて補修します。
アナログ製品は機械式カメラや時計レベルの精度を有す超精密品でもない限りは、その構造を眺めているうちに凡その機構や意味合いが掴めたり見当が付くので私でもどうにかなりますが、デジタルは何百時間眺め続けても全く切っ掛けも掴めず意味も分からないので、その利便性と音質はともかくとして、未だに作業者としてはてんで愛着が湧かない店主です、要するに頭の構造が致命的に現代向きじゃないってことです。
写真はアレコレ手を入れ時間と技量を要しながら複数組んだバリレラの中の一つの試聴風景です、VRⅡと言うモデルなのかな。ここまで読んできても私の文章表現力故にピンと来なかった方にも、シェル上に飛び出す赤いノブを見て漸く穴を開けた理由がお解り頂けたかと思います。穴を開けるだけではなく、一旦ノブも外さないと装着出来ません。
写真は“LP”が手前に来ている33/45試聴時の状態です。SP盤の時にはノブを押し回して“78”側にします。
こちらも作業した中の一つでPRX-050/GEでしょうかね、サイズ的に丁度DL102の針カバーが使えるので用意致しました、専用の針カバーを失くした方は参考にどうぞ。
尚このバリレラカートリッジは構造上殆ど動く気のないカンチレバーですので、針位置アーム高さ調整が非常に重要となります。余談ですがそうした際のこのDENON DP-3000NEが今回搭載した、45年前のDA-309を基本とし、そこに出自の謎深きDA-402のアーム高さ調整機構を組み込んだこのアームは非常に使い易いですね。このアームを単売するのはアナログ製品に関わるオーディオメーカーの市場に対するある種の義務、マナーだとさえ思うのですが、経営側にその認識がどこまであるのかは私には判りません。単売すればとても良いアームになると思いますがね。
モノ盤何枚か試聴しているうちに、私もこのビンテージで弄りがいのある古のカートリッジを一個欲しいなと思いました。
ところでこう言った古いタイプのカートリッジは基本的に重めの針圧を掛ける物が多いのですが、例えばバリレラだと4~6g程度の範囲で音を探ると良いのですが、今回あれこれ情報求めてそれらしいい事書いてそうなページを求めてネット上を検索しているうちに数多と散見する
『自分のプレーヤーは3g迄しか目盛りが無いからそれ以上の針圧は掛けられない』
とか平然と書き切って居る方々の多さに正直ある種の虞を覚えました。そんな彼らをここで論う資格は私には無いのですが、臨むだけの目盛りが振ってあるアームのメインウェイトなぞ回転式である限り世の中に存在しないので、時計の針が一周したらその先は何ですかね?とだけ問うて後は自分で考えましょうねと記して今日は終いと致します。
バリレラ勢いで買ったはいいけどコリャ大変そうだ!→0466-20-5223
PS:先程書きかけた五個目の件は話が長くなってしまったので次回に譲ります。期待して最後まで読んだ方が居ればの話ですが御免なさい…