オーディオ御三家の名前を欲しいままに人気を誇ったパイオニアも、いよいよ終焉の時を迎えた様ですね。
ブランドロゴ、企業名としてのパイオニアはどっかの投資屋に買い取られて存続くらいはするでしょうが、良心として思想としてのオーディオを冠タイトルに於いたブランドとしてはとっくに死んでいます。
以前私に向かって

『我々はとっくにオーディオなんかまじめにやっていない、あんたら小規模のオーディオ専門店と取引するいわれはない』

と勝ち誇った様な態度と見下しきった目つきで藤沢の湘南モールFILLのフレッシュネスバーガー(現存せず)で言い放ったパイオニアの営業課長だったか部長のM、あんたの言うとおりだったな、おめでとう・・・

さて、こんな腐ったような奴(あくまで筆者主観です、勿論末期パイオニアにも志高い人達もおりましたでしょう、大概が外に出て違うブランドで活躍されている様子ですが・・・)が内部からこぞって、このPIONEER/パイオニアという、敬虔なクリスチャンであった松本望氏が福音商会電機製作所の名の下に立ちあげた偉大な音響ランドを自ら貶めて地獄に落とす以前、未だ彼らが光り輝いていた1980年頃にPL-50は登場しました。
当時のオーディオ青年の憧れの的としてのヤマハのGT750でありトリオのKP-1100でありこのパイオニアのPL-50と言う訳です。同じ頃のカメラ少年がキャノンのA-1やミノルタのX-700、ニコンのFMに憧れたのとほぼ同じような製品嗜好の感覚であり金銭的感覚でしょうね。そう、皆輝いていたし、このクラスを欲した彼らがまた今のオーディオ人口より遥かに多く若かったのですね。

本日はその、当時キラキラと目を輝かせてコレを買い求められた当時の青年だったお客様が今ではすっかり素敵なおじさまになられ、再び数十年ぶりにコレを戦線復帰する為に店頭へお持ち込みなさいました。
ところが、何十年も動いてなかったのに何の問題もないのです、コチラ。当時のメイドインジャパンの真髄を思い知らされますね。回転もバッチリ、磨けばいつでも当時の輝きを取り戻せる程度の良さでした。新たにADCのやはり同じ時代のデッドストックのMC1.5と言うレアカートリッジを奢り、幾つかの調整を済ませて、別項で登場した再整備済みのDENONのAU320を通して聴く音はとても良い物で、同等品を新たに手に入れようとすれば、プレーヤー本体だけでも50万は用意しないと敵わんだろうなと言うのが正直な感想です。
私の隣でコチラをお持ち込みになったお客様も目を輝かせて聴き入っています、きっとこの方は1980年頃、こんな目をしながらようやく貯めた小遣い握りしめて秋葉原かどこかでこのプレーヤーを購入したんだろうなと想像すると胸が熱くなるし、心から私も嬉しくなる瞬間です。
オーディオのパイオニアは確かに死にました。でも私達の心の中でのパイオニア製品と過ごした良い思い出は消せないし、このPL50もまだ当分は活躍する事でしょう。

前出のM、どうせあんたはこんな所読んじゃいないだろうが、社員のあんた以上にPIONEER製品を愛して幸せな思い出を紡いだ人間が数多く居た事も事実だ、良く覚えとけ。

 

アナログ再生、再整備は→0466-20-5223