901-3-1s-1

まるで太平洋戦争末期の瀬戸内海で、軽々と沿岸防衛線をかわして内湾まで侵入してくる潜水艦の雷撃や、有って無い様な他所から出入り自由状態だった本土制空圏を飛び越して飛び込んでくる米海軍空母艦載機の襲撃を恐れるかのように、島々の陰に息を殺して潜み(まぁ既にロクな作戦行動も取れないほどに燃料も枯渇してたのですが)、無闇に大きな体躯に活躍の機会を与えられないままの巨砲をぶら下げた超弩級戦艦や巡洋戦艦を要した、戦わない事でその体面を維持しようとし続けた落日の大日本帝国海軍の誇る残存艦隊のごとく、ニッチで狭範囲な空間に密集してその中でのヒエラルキーに固執しがちな、良くも悪くも高級オーディオを取り巻く現状の中、すんげぇなぁ~おぃ!って価格や性能や音を出すアナログカートリッジは本当に沢山あって驚くのですが、普通に使えて普通に良い音の、そう、どこか際立った特徴を見せつけるでもなく長時間聴いていて結果的にしみじみとイイネこれと思わせる製品は、以前は結構あったのですが、今この状況下では案外少ないのです。

話が例によって跳び過ぎたので整理しますが、昔日のアナログ全盛期でいえば、一旦ここではDL103の話は隅に置いておいて、例えばMMならグレースのF-8シリーズ(断然F-8Lでしょう、やっぱ。)や、シュアのM75/95系列、オルトフォンの15/20系列の様な、或いはMCで言えば二代目あたりのオルトフォンMC20やFR-1Mk2辺りの、普通に聴けて楽しい音ってちょっと文章力が足りないのですが、ともかく上記の針は当時でも価格は様々ですが共通して言えるのは、出てくる音はバランスが取れていてパッと聴くと他の派手な針に比して物足りなく感じる瞬間があるのですが、アルバム一枚聞き流すに及んで神経に触ってこない良さ、演奏途中で自らのシステムを疑っての確認作業や比較行為に溺れずに、ほったらかしでただ淡々と聴けるという、もっと言えば気が付いたら演奏終わっていて針が内周引きずっていた的な感覚の普通に良い音の針達です。

やはり大枚はたいて高性能高級針震える手でアームにセットして聴く音ってのは、常に機器類のシステムバランスに細心の注意をその取り扱いも含めて意識として持たねばならず、どこか少しでも違和感を感じよう物なら、実際にそのクラスにはそれだけの微細な表現の差を描き切る能力があるのでやむを得ないのですが、結構疲れる物なのです。

たとえれば、その例えが反って分かりにくいかもしれませんが、良い車とはレーシングカーなのか?という点に尽きます。

レーシングカーは僅かな路面の異差を乗り手に伝えます。物凄いフィードバック能力を誇り、全神経を集中させて周回に臨みます。私もたまに耐久レースなどに参加しますが、エンジンや足回りにある程度手の入った車でサーキットを10周も攻めようものなら普通は完全に神経も体力も消耗してしまいます。ちょっとの異音でも違和感でも見逃せばクラッシュなりリタイア等につながるので、目や耳や体で伝わる全部の情報を逃さないように物凄い集中力を必要とさせられます。

でも普通の車で普通に流す分には50周したって100周したってさほど、先の車の三周ほどの神経も体力も使いません。そもそも路面状況なんか伝わってこないし適当なスピードで曲がっても怖くもなんともないし。

要するに日常生活で使い易い車に乗ってドライブなり買い物なりが楽しいのが良い車であって、サーキットと言うある種の特殊環境のみで全神経を張って挑戦するレーシングカーは性能こそ高くそりゃそれで楽しいのですが、その環境以外で良い車かどうかは保証致しかねます、エアコンもないし。

問題点は、アナログカートリッジにも実はその両方が混在していて、以前話を伺ったIKEDAの池田氏の様に

「私の針はレーシングカーだから、路面が荒れてたら使い物にならないし、腕無きゃ駄目よ」

って言いきって頂いてる場合は分かりやすくて良いのですが、つまり氏は自らの針をフラットな状況の路面(真に綺麗な最良の状態の盤面)と完全な整備状況(ターンテーブルの設置からアームの微細なバランスの調整から僅かな角度や加減)に於いてのみ性能を発揮できるレーシングカーに例えていらっしゃるのですが、完全なマシン志向の針と、高級車としての総合性能を、つまり居住性や走行性能やステータス性や外観も含めた普通に良い車を運転されたい方々に向けてを狙った針の両者が、結局はある程度の高級価格帯で選択肢として同列で並んでしまう点ですネ。

つまり本来1千万の高級車と1千万のレーシングカーは全く関係ない両車なのですが、何故かプロ機や業務機、民生機が混在している日本の高級オーディオ市場は、良い音は一つしかない的な妙な頂点競争をおこしがちな中で明らかに遣い手を選ぶような10万の高級針と、誰でも愉しめる10万の針の優劣を同列で価格だけで語る悪い癖があるのです、正直言って。

皆さん自動車雑誌などのカーオブザイヤー的集計に於いてレーシングカーと普通の車を同価格帯だって理由だけで並べて優劣比較してる様な記事見た事ありますか?

有るわけ無いですよね。目的違うし。

でも日本のオーディオ雑誌を開けば、具体名を挙げると既に十分角が立ちまくってますが敢えて控えるとして、

例えば500万の優秀な車比較で大型トラックと高級セダンとフォーミュラーが並んでいて(英国トップギアならやりそうですが)何か役に立つかって何の役にも立たんでしょうが、その日本の雑誌ではそういう風にオーディオ機材が実は平然と並べられて語られたりしているのが、批判ではなく面白いとは思いますが、普通にオーディオやりたくて、でも少しは余計にお金を出せばいい物が買えるのかなと思った健全な方々にとっての不幸の始まりがここに待ち構えたりもしています。

普通に良い車が欲しいけどお金はある程度払っていいから良い物くれとディーラー行ったら、トチ狂ったあんちゃんにこれ最高ッスって感じでシングルシーターのレーシングカー買わされて帰ってくるみたいな話。そのディーラーにあった高級セダンもそのサーキット用レースカーも確かに値段は一緒だけどみたいな。

話がうんとこんがらがって長ったらしくて読まれて下さった方もさぞ疲れたでしょうが、実は書いている私もすっかり疲れてしまって、今中断して遅めの昼飯なぞ食っていたところです、ごめんなさい。

だからいきなり結論に持ちこみます。

今回のシェルターのModel901Ⅲはとっても良い針です、こんなもんだよねと笑顔になれます。今こういう鳴り方の少しお金を出して愉しませてくれるアナログカートリッジは貴重です。決してレーシングカーではありません。普段お使いのシステムに標準的なセッティングでのびのびと愉しんで頂けます、本当です。

それにしてもどなたかF-8の代替針作ってくんないのかなぁ~、なんで日本国内で日本人が世界中のMMの交換針を既に存在しないブランドまで含めて比較的色々入手できるのに、当時の有名な論争に於いてMCに対して勝利宣言までしてみせた、これぞ日本のMM代表格的存在のグレースF-8の交換針一つ満足に入手できずにのたうたなきゃぁならんのかね、この国の製品意識って根本的におかしいんじゃないの?あとサテンも宜しく。

頭の丸くて透き通った素敵な佇まいのF-8Lの音は、現代のシェルターの一連の滑らかでたおやかで品の良い音を思い起こさせて私はとても好きです。

PS:Model901Ⅲは当面お店でも試聴できるように御用意出来ています、一度遊びにいらして下さいませ。