ご注意

以下、文章中において、とある齧歯類の生命活動の結果による事象が述べられている行がありますので、その手の小動物が苦手な方や食事中の方はお控えなられる事を予めお勧め致します。

さて本題、
以前秋葉原の専門店にいた時ですが、それはもうたいそうボロい年季物のセレクターをかんだ売り場で、ステレオ再生の信号左右逆も電気的位相の逆相もヘッタクレもないような酷い音楽再生環境の中、世界の日本の有数の高級オーディオがバンバンと売れていくという、今にして思えば随分適当な事やっていたなと思うのですが、そこの経営者側というか現場の責任者が、売り場を若手が弄る事を嫌うので、私はやむ得ず放置してましたが、ある時あまりの惨状に耐えかねて、偉そうに鼻ススっている店長の目を盗んで、同じ店内のやる気のある先輩社員や違う秋葉原系大型量販のオーディオコーナーから転籍して来た元売り場担当者らと共謀して、全ケーブルをセレクターからバラして完全に接続し直すって壮大な作業に勤しみました。

何十年も意識的に触れらていなかったそこは、ケーブルが蔦のごとく絡み合いビニールが溶けて固着し、鼠が往来したと思われる堆積物が匂いたち、元ホコリがどす黒い固着物として化石化し、既に死の谷と化した阿鼻叫喚の地獄絵図の様相を呈していて、あの時の惨状は今でも鼠の糞尿の臭いと共に脳裏に強く焼きついています。
何が「世界のいい音を」だ馬鹿野郎と散々悪態をつきながらも、普段残業のない会社でしたが、夜中近くまで踏ん張りどうにか接続し直した音は流石に満足いくもので、何十台も接続された機器やスピーカーがセレクターの切り替えに応じて全て正相で順になった時は大きな満足感に浸れたものです。

さて翌日から心新たに気持ちよく店頭で接客に励んだまでは良いのですが、暫くしてあるお客さんがアンプだかなんだかを選びにきて、普段はLPだという方でしたがこの店はLP店頭再生してないので、お持ちのLPのタイトル忘れましたが良く聞いているというのと同じジャズのCDをかけたら

「お宅の店は音が左右逆だ」とのたまわれる

こっちもセレクター全部繋ぎ直したばかりだし間違いがあったかもしれない、お客さんがよく聞いている音楽なんだから、そうおっしゃるならそうでしょうと違うシステムに切り替えても

「また違う」と指摘される

裏に潜って配線見直して、あれぇそんな筈はないんだけどなぁと困っていると

「この演奏はドラムが左手でベースは右にうんちゃらかんちゃら、そんなことも知らんのか君らは」といった趣旨で大分ご立腹かつ豪語なさる。

それでやむ得ずシステムを直接セレクター通さずに組んで確実な配線で演奏すると、今度はそれもダメだ、このCDは間違ってる、うちのLPとは違うと言う。
流石にそれはないでしょうと、確かにモンキーズの80年代のCDベスト盤とか国内盤のマジカルミステリーツアーのLPの逆相とか有名なのはあるけど。
因みに自分の良く知ってるソフト聴いたら間違いなくシタールが曲のミドルブリッジで右から左に飛んでいく、接続に間違いはない。
散々店であれこれ接続し直させられかつ散々に馬鹿にされ尽くされ流石に頭に血が昇りかけてハタと気がついて

「お客さん、普段LPですって?若い頃もしかしてグレースのアームでオーディオ始めてませんか?その後プレーヤーなりアームを買い換えてその時のカートリッジをシェルごと移植されてませんか?以来そのまんまでは?」と問うと

「何故そこまでわかる?」と狼狽え始めた様子

「お客さん、今更手遅れかもしれませんが、あなたはLPを30年間近く左右逆に楽しんでたわけです、今ここでCDの線をLRを入れ替えれば普段馴染んだ聴こえにはなるでしょうが、それこそ逆というものです、如何なさいます?少なくとも当方の接続には間違いがなさそうですが、今ここでそうする事によってお客様の良く知ってる楽器配置では再生できるでしょう」

「・・・・」

と言うやり取りがあって、結局新たにシェルにカートリッジを正しく組み直して一件落着なんてことが十数年前にありました。

 

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*右がグレースアーム用、左が標準状態、皆様違いが分かりますか?
因みに当社のNの君は15分眺めてギブアップしました。


つまり、理由は私も明確には知らないのですが、グレースのアームは当時赤白緑青のリード線がシェルの段階から左右逆配線に組まれており、そのまま他社のアームに組めば当然音は左右逆転するのです。逆に標準接続でシェルに組まれたカートリッジをグレースのアームに組んでもやはり左右逆に再生されます。
その際にリード線だけ入れ替えれば済むのですが、その時点で自分が生まれた頃のオーディオ業界がどういった接客や説明の元アナログアームやカートリッジを取り扱っていたかなど私には想像の域でしかありませんが、秋葉原の全盛期ってとにかく売れたそうで、何にも知らないお客さんにテクニクスのSP-10Mk2にSMEの3012とV15TypeⅢなんていう今考えたらとんでもなく高価なシステム組んで

「いいかい、あんたは絶対針のアゲサゲ以外は触っちゃいけないよ」

なんて言ってさんざんっぱら高級品売り散らかしていた様なので、2000年頃の秋葉原店頭で、何十年も前にお宅の〇〇って店員から買ったんだとお客さんがやってきて、話を聞く限り妙にマニアックな高級システムを組んでる割には自分の使っている針の型番も把握していないどころか

「今まで針は一度も変えたことがないのだが、孫が弄って壊して音が出ないから針を交換してくれ、シェル?型番?なんの事だ、おたくで買ったんだよ、とにかく、松下のプレーヤーの針をくれ」と、トヨタに乗ってる、それ用のタイヤを寄越せ(車のタイヤは当然車種と年式ごと、履いてるホイールごとにサイズは違います。当然プレーヤーが松下だろうとOTTOだろうと、シェルに何の針が付いてるか教えてもらわない限り、特にMMの場合は交換針など用意のしようがないですね!)ばりに乱暴な話が余りにも多く、だいたい当時で60~70歳くらいの方から何度も言われるので、なんだかおっかしいなぁと当時をよく知る業界の重鎮にこっそり聞いてみたら、

「あ~、当時はそんなもん、とにかく売れまくったんだから、猫も杓子もオーディオ、分かってようがわかってなかろうがバンバン高級機組んでは出荷したよ」と先出のアゲサゲ以外するなの話に繋がるわけです。

しかし、羨ましい時代というかなんというか・・・

今は時代がもっと進んで、家電量販で単体のCDプレーヤー買った人間が、直接スピーカーに接続できない、アンプだぁ?そんなもん繋がなきゃ音が出ないとは説明されていない、こっちは客だぞ、お宅の教育はどうなってんだと逆ギレして怒鳴り込んで店長に菓子折り持ってこさせて詫びさせるところまで来ています。
まぁそのレベルの消費者側の程度問題もありますが、その手の家電量販に“のみ”に破格な取引条件を提示するオーディオ専業メーカーも、オーディオという本来高尚な趣味にして客側店側双方においての深い理解と愛情が必要な製品を、取り扱うだけの知識や応対の出来る店員も配せずただ取引規模を武器に金額のみにおいて、その手の製品を売り散らかす彼らの姿勢も、全くもって同情の余地がないので大した感慨も湧きませんが。

閑話休題

ここにあげた例は多少極端かも知れませんが、今日自分の店でスタッフが偶然手にしたグレースのシェルを逆さに、つまりグレースのアームには正しい状態で何の躊躇もなくおまけに赤緑青白の配線順もあやふやなままに組んでる姿を見かけて、こりゃあんまり人のこと言ってられないと反省の思いも含めて以上の文章をしたためました。

皆様、お陰さまで私は、今までの経験とオーディオ自体を好きという根本的精神を基に、多少は皆様がご家庭でより良くオーディオ再生を楽しむ為のアシストをする程度の事ができますので、もしうまくいかないことや疑問点があったら、一度一声おかけ下さいませ。
AとBのどっちが音がいいだこうだのネット上の無責任で愚かな評論家気取りの連中のごたくに右往左往する以前に、今お使いの手元のシステムの範囲において見直すべき点や改善点はいくらでもあり、またそこを可能な限り予算を掛けずに一つずつ問題を片付けて向上していくプロセスは大変楽しいいものですよ。
勿論我々は販売店故に経済活動が伴い、最終的には金銭のやり取りが商売ベースで発生するわけですが、全く同じシステムを組むにしても、或いは相談事を持ち込むにしても、結果としてその先何年も何倍もオーディオや音楽に対しての楽しみ方が変わるであろう提案を、カメラ系家電系量販店の彼らとは違った形で必ず出来ると言う自負を基に専門店を名乗っております。
それは日本中にまだ残るすっかり数は減りましたが幾つかのオーディオ専門店の皆様もきっと同じ筈ですから、どうか一度、大規模量販の売り場を眺めた後でも結構ですから、一度我々専門店に一声かけてみてください。
少なくともアナログの基本セッティングもろくに出来ない家電量販のオーディオコーナーの責任者が、著名なオーディオ雑誌で年末のなんたら賞の選考委員してる様な現状、そこに対して専門店では出ないような好条件で高級オーディオを当然の様に取引する様な家電系楽器系元映像系メーカー側の姿勢には断じてノンを唱えざるを得ないのですよ、私としては。