HiFiオーディオの黎明期を支えた名ブランドのグレース。彼らはCD登場と同時に静かに市場から退場をしたので、最近の人達にはもう馴染がありませんが、ベテランにはMCカートリッジと全面戦争(放送局での利権争いかな?)を繰り広げた同社のF-8等に代表されるMMカートリッジにお世話になった方も多い事でしょう。私自身は後追い世代ですが、F-8Lの嫌味のない長時間聴ける同社の音作りが好きで、どこがいいのかと聞かれると返答しづらいけど聴いてて疲れないこのF-8Lが一番登板機会が多く、手元に色々ある針の中ではとても愛しています。
さて、アナログがメインソースだった時代には、今聞くと意外に感じられるようなメーカーも含めて実に多くのメーカーがアナログプレーヤー及びその為のアームも単独で設計、販売していました。FRやSAEC、AudioCraft等は勿論今でも有名ですが、その他にも1970~80年代にはバッファローブランドのメルコがアームを作っていた事実等もはや誰も覚えていません。MICROもDENONもテクニカもSTAXもTechnicsも。勿論Victorもそうだし更にナガオカもEXCEL名義で、意外って言っちゃ悪いけどSONYもかなりの数のアームを出していました。そのなかでもGRACEは当時のアーム製造販売ブランドの中では主力級の勢力で多数製品を販売していましたので、当時のアナログプレーヤーは、出来合いの製品しか選べない今と違って、国産ではDENONやTechnicsやVictor、TEAC、PIONEER等のターンテーブル/フォノモーター部を選んで、それを販売店が用意したキャビネットに据えて、好みのアームを選択して植えて貰うのがごく普通でしたので、モーターのブランドに関わらずグレースのアームを搭載したプレーヤーが数多く存在したわけですね。
例えば今日担当したお客様のプレーヤーは45年前のTEAC TN-400というDDモーター(因みに現在のTEACにもTN-400ってありますけど何の関係もないですよ!)とGRACEのアームの組み合わせで、所有者当人もその当時の経緯はどこの店で組んだかも含めてほぼ記憶は忘却の彼方。ただ、モーターも動く様子で久しぶりにアナログ聴きたくなって針を、DL103Rを新規のシェルに組むよう当店に手配の依頼をしたに過ぎません。
私はシェルに針を組む際に、来店でも通販でも基本的にはお客様の使用中のプレーヤーなりアームを確認させて頂いて、可能な限り針先位置を然るべき位置、例えばSL1200系ならシェル根元から針先までを52mmの位置へ調整、なんて事をしてるのですが、今回は電話口で問うにもお客さまも久しぶりの事で何のアームだったか今更思い出せない、見ても良く分からないとどうにも要領を得ない。しからば今まで使っていたシェル/針を貸して下さい、買って以来触っていない事が事実なら、当時それを組んだ販売店が余程てきとうやっていない限りは参考になるのでと言ってお借りしたところ、針先位置は50mm近辺の標準的な状態で組まれていてまぁ間違いはなさそう。ただ、そこでふと気がついたのがそのシェルが初期GRACE。GRACEのシェルは当時は当然のように沢山流通していたので、そこにグレース以外の針がついて存在している事自体は珍しくもないのだけど、あ、リード線逆だ、この方。本人は忘れてるけどグレースのアーム組んでる!

 

グレースアーム用に通常と左右逆に組んだリード線

 

ここまで読んで、だからなんなのさ?と思った方がまぁほとんどだろうしそれが正常ってもんです。でもこれはとても大事な話で、GRACEのアームはどこまでのモデルがそうだかは正確には私も把握してはいませんが、ある一定の時期まで、同社のアームの信号線、即ちピンアサインは左右が逆です。これはグレースのみの独自の仕様で、故にユニバーサルアーム採用の各社共通で使えるシェルであっても、グレースのアームにシェル/針を組む際にはシェル上で通常の逆にリード線を組まねばなりません。つまり普通に組めば左右が入れ替わって聞こえます。最近は左右の開いたパート分けした派手な展開のステレオ録音はしないので、あんまり気にもならないかもしれないのですが、米国向けビートルズやステレオ録音黎明期のジャズ等の場合はコレをやるとただの悲劇でしかなく、またその悲劇に近い状態を多数私は見てきました。
以前、秋葉原の店頭にいた頃ですが、20年以上に渡ってグレースのアームから他アームへコンバートしたシェル/針でジャズ聴き続けて完全に各楽器パート真っ逆さまに把握されていて、今更元に戻れなくなってしまっている不幸な方にお会いした事があります。この時はたまたま接客で指名のソフトを何を店頭で再生しても

「お宅のシステムは左右逆だ!オーディオショップなのに」

と結構強硬に言いきられて、店員総出でセレクターが逆かな?と右往左往しながら確認して接続全然間違ってないのにそれでも全然違うと豪語されて困り果てて、最後に私がふと気がついて

「お客さん、まさかお若いころ一時的にグレース使ってなかったですかい?更にその時のシェル/針のまま聴き続けちゃいませんかい?」

と問うたらみるみる顔色変わって事なきを得たんですがね。「どうしてそんな事がわかるんだ?!」なんて言われちゃったりしたよね、あんときゃ。
つまりですね、未だにグレースアームお使いの方は新しく針組む際は是非そこを思い出して下さい。また、以前グレースアームお使いでその時組んでた針をシェルごと他アームに流用される際はリード線を左右入れ替え直してください。更に、どうしても当時のグレースアームのままにSPUを使たい方は、これはもうアームケーブルの出力側でフォノイコなりアンプなりの入力側に左右逆に接続して下さいね…
尚、グレースのシェルは一部、ひっくり返すとピン根元にそれ専用にピンアサインが表記されています。たまたま手にしたシェルが偶然グレースで、大概の方は赤緑青白のリード線の挿入番手等記憶していないですから、書かれたままにリード線を挿されるでしょうから、それをそのままの状態で既存のアナログアームに装着すれば、表記はなにも間違っていないのに音は左右逆、と言う事例も多々生じている事を付け加えさせて頂きます、念のため。
因みに、何故グレースのみが他社とは左右逆の接続を選択したのかは、正直私にも正確な事は解りません。当時のオーディオ誌上に於いて、一方的なMM方式の勝利宣言(グレースは、当時のマニアで割れたMC/MM派論争のMM派の急先鋒でした)をして見せたくらいの強気の彼らの事ですから、もしかしたらリード線逆なのはうち以外の全てだ!なんて思っていたのかもしれませんね(笑)

 

間違った接続でレノン-マッカートニーが左右入れ替わる前にでんき堂へ→0466-20-5223